読み物

煎じ薬を中心とした「漢方薬局」の立場より~保険エキス製剤主流を憂える

漢方と最新治療―世論時報社
第22巻第2号(通巻第85号) 2013年5月15日号
「漢方と薬剤師の果たす役割」

煎じ薬を中心とした「漢方薬局」の立場より~保険エキス製剤主流を憂える
久能平安堂 久能 順

はじめに

一口に「漢方薬局」といっても、多様な業態があるためか、世間様の抱くイメージは定まらないようだ。これは、素人の方は勿論だが、医薬業関係者であっても正確には把握していないと思われる。 この度、ご縁を頂いて本誌に寄稿するにあたり、内容は一任とのこと。昔ながらの漢方薬局の立場から3点ほど、心にうつりゆくよしなし事を書き連ねてみたい。

当方、傷寒・金匱を中心とした日本漢方を専門にしている漢方専門薬局である。創業者である祖父は、浅田門下の石井就三先生に師事したと聞いている。筆者は、医療用漢方エキス剤メーカーT社と民間病院勤務の後、家業を継ぎ、一子相伝で3代目。薬局としては、日本橋本町で創業以来80年になる。

1.漢方薬局と薬局製剤について

昨今、薬局と言えば、医薬分業とは名ばかりの医師の下請けと揶揄される保険調剤薬局か、日用生活品の安売り競争をするドラッグストア位しか思い浮かばない方が多いようだ。しかし、医者とは別に、健康相談の担い手として街の薬局が機能していた時代があった。「相談薬局」という形態である。

漢方薬局は漢方の専門知識を有し、漢方独特の理論に則って漢方薬を専門に扱う相談薬局である。漢方専門薬局、漢方相談薬局とも称される。通常、店名にはカタカナより、それらしく「○○堂」などが好まれて使われている。しかし、その定義は明確なものがある訳ではなく、実際、その業態は中医学の普及により、製品化されている漢方製剤(中成薬)のみを販売する薬局や、女性をターゲットに美容やおしゃれ、癒しに力を入れているエステ、ブティック風薬局のほか、陰陽五行論、養生、東洋思想などを前面に押し出して現代医療と一線を画している薬局などかなり多様である。中には商売に徹している薬局もあるようで、サプリなどを抱き合わせたりして、1か月分の価格が数万円!などと、儲け主義のボッタクリ商売と囁かれる原因になっている。

当方のような昔ながらの漢方薬局は、保険調剤はやらずに、したがって医師を介さずに、来局される患者の相談を薬剤師が直接受け、その裁量で漢方薬を販売する。生粋の漢方薬局薬剤師は、生薬、煎じ薬に対するこだわりが強く、その造詣が深いため、漢方エキス製剤を「素人の扱うもの」と軽んじている専門家が少なくない。このため、扱う漢方薬は、一般用医薬品(OTC医薬品とも)である漢方エキス製剤ではなく、より専門性の高い「煎じ薬」を調剤する。丸薬も散剤も軟膏も自分の薬局で製造する。これが、薬局が薬事法に則り製造業許可、製造販売業許可を取得して造ることが出来る「薬局製剤」である。薬局製剤は、古典に忠実な漢方薬であり、歴史のある日本漢方である。漢方薬局と同様、この制度の存在もほとんど知られていないようで、実にモッタイない。保険医療費を抑える有効な手段として、日本の伝統医薬による漢方薬局を利用する生活スタイルを、役所が(空気作り出すのが上手なのだから)主導しても良さそうなものだ。また、薬局薬剤師にとっても、医師の陰に隠れるように存在し、機嫌を伺いながら処方箋獲得競争だけをしているよりも、余程やり甲斐があって楽しいと思うが…。(あくまで私見です。)

医師による保険エキス製剤の普及という時流もあるが、このような煎じ薬を扱う昔ながらの漢方薬局に対する世間の認知度は、年々歳々低下していることを実感している。

2.煎じ薬と保険漢方エキス製剤について

少し前までは患者が漢方薬を希望しても、医者には相手にされないため、薬局で相談して入手するものという通念があったように思う。しかし今や、保険エキス製剤の定着により、その立場は完全に逆転している。当方に一番多い問い合わせは、「そちらは保険は利かないのですか?」というものだ。続いて「お宅は医者ですか?」、「医者じゃないのに漢方がわかるんですか?」…。ひどいのになると「保険で出す医者を紹介してくれ」と来る。当方にすれば、医者がどんだけ漢方を知っていると思ってるのか!と言いたいのをグッと我慢する。身体に悪いことこの上ない。これは、筆者の古巣であるT社の「漢方薬イメチェン運動~漢方薬も保険が利きます。お医者さんにご相談下さい~」とのキャンペーン、絶え間なく一般向けに講演会を開催し、マスメディアを通じて「医者による保険が利く漢方薬」の啓蒙をし続けた効果も一役買っているのだろう。世間大衆のニーズも、「安い、簡単、便利」であって、「本物、良い物、高い物」は疎まれる。「安い、お得」には、必ずそれなりの理由があることには思いも馳せないのだ。おかげで古い昔ながらの漢方薬局は今や詐欺師扱いである。実にヤリキレナイ。
こんな現状で声を大にして言いたいのは、まず、煎じ薬とエキス製剤は別物であるという事だ。同じものなら保険が利き、安価で手間掛からずのほうが良いのは当然である。多くの漢方の大家も公言しているが、メーカー出身の筆者が言うのだから間違いない。いかに煎じ薬に近づけるかを目標にして製剤化を進めてきたのだ。しかし、味、匂いも含め肝心の効果が遠く及ばない。この真実は覆い隠されているかのように、今やエキス製剤全盛である。片や、煎じ薬は、現代日本人に忘れ去られたと言っても過言ではない。「うちで差し上げるのは煎じ薬ですよ。」と言うと、まずもって「煎じ薬って何ですか?」と返ってくる。続いて、「まずそうだなー、面倒くさいなー。」そしておまけに「値段が高いなー」である。皆保険制度の下、良質な医療が安価で受けられることが当たり前と思っている患者からすれば無理からぬ感覚であろうが…。しかし、いつの時代でも、「良いもの」にはそれ相応の対価を支払うものであろう。
次に、すべての医者が漢方を正しく処方できると思ったら大間違いだという事。陰陽虚実の概念も知らないまま、現代医学の考え方で西洋薬の代わりに漢方処方を当てはめただけの病名投与はまだまだ多数派である。しかも最近は中医学の影響なのか、2~3処方を併用するのが流行らしい。筆者はこれを「医者漢方」と呼んでいる。このまま保険エキス製剤による医者漢方が席巻していくと、正統な日本漢方が廃れてしまうのではないかと危惧している。保険エキス製剤は漢方の復権、普及に貢献したが、その役割はもう済んだのではないか?そろそろ、漢方を漢方的に正しく使うことに重点を移していくほうが良いと思う。
現段階ではせめて、世間大衆に、エキス製剤はインスタント製品であり、あくまでも煎じ薬の代わりであること、専門医など一部を除き医師は漢方を解って処方をしている訳ではないこと、ついでに調剤薬局で服薬指導している薬剤師も、漢方薬についてはほとんど知識が無いこと、もひとつついでに、日本漢方と中国漢方は別のものであることが常識として広まって欲しい。煎じ薬を扱っている漢方薬局や漢方医と呼べる医師が本物なのだということを踏まえた上で医者漢方を求めて欲しいものだ。

3.ネット販売規制について

2006年の薬事法改正により一般用医薬品の販売制度が新たに定められた。字数の都合で詳しいことは省くが、漢方薬局にとっての問題は、2009年6月施行の前年夏、突然、厚労省が省令でインターネットによる医薬品の販売を規制するとしたことに端を発す。
元々、薬局店頭であっても薬剤師が関与しないOTC医薬品の販売、使用が常態化していたのだ。その上、責任の所在もはっきりしないネット薬局なるものが、通販サイトでルールも無いまま不特定多数の求めに応じ、医薬品を販売していてはどんな薬禍が生じるか。ビジネスだからと言っても野放しにしておくわけには行かないだろう。当然の規制だと思われた。漢方製剤も素人が効能・効果の記載だけで処方を選択するのは難しかろう。効果が感じられないならまだしも、誤治にならなければ良いがと懸念していたくらいだった。
ところが、この規制をするために役所も薬剤師会も、今まで情報提供にも安全性確保にも何の実績も無かった「対面販売」という販売方法を神話化し始めた。一般用といえども副作用のリスクがある医薬品は、対面で専門家が情報提供をした上で販売することとしたのである。薬局に来ることが出来ない人に、薬を売ってはいけないということである。そんな方針にしたため、漢方薬局が従来から行ってきた漢方薬の郵送・宅配についても、来店した患者に販売しているのではないことから禁止ということにされてしまった。これには驚いた。当方のような漢方薬局では、お付き合いが先々代から数十年に亘る患者もいる。お住まいを移され、遠方になられた方もいる。遠方から家族、身内、知人を紹介いただける場合も多い。漢方薬を服用される方は、外出のままなら無い高齢者や、仕事、家事、育児で多忙な女性が多い。また、漢方薬の特徴として、長期服用による体調の維持、精神状態の安定、疾病予防、体質の改善などがあるため、継続して服用するためには郵送販売という方法は欠かせない。「一般用医薬品」では括れない「漢方薬局の漢方薬」ならではの特殊な事情がある。近所の薬局で買えるような薬ならいいが、薬局製剤がどこでも変えるわけではない。漢方薬の相談に対応できる専門知識がある薬局は多くはないのだ。煎じ薬を服用している患者はどうしろというのか?
そもそも、なぜ、個人が通販サイトの口コミやパッケージ写真で、素人判断により薬を購入することと、専門家である漢方薬局が十分相談した上で決めた漢方薬を送ることが区別されないのか?漢方薬局が、ネットではなく、電話で双方向のコミュニケーションを取りながら行ってきた漢方薬の郵送販売は、対面性は十分確保されており、最近始まったOTC薬のネット通販とは全く質、内容の異なるものである。漢方薬局の専門性を活かし、顔、状態のわかる患者(証の把握できた患者)に対し、サービスの一環として来店できない場合に送って差し上げてきたものなのだ。勿論、副作用の無い医薬品はない。特に漢方製剤は専門知識を持たずとも販売することはできる現状なので、誤った使い方により副作用を起こすことが有り得る。したがって、店舗にて販売することを対面販売と定義しても、対面販売で副作用が無くなるはずがない。現にSJS、TENなどは薬局で対面販売した一般用医薬品でも発生している。被害を軽減するためには、販売方法が問題なのではなく、すぐに連絡が取れる患者との関係が重要なのだ。漢方薬局では顧客との関係が密な場合が多いため、電話でも減量、中止、受診勧告などの措置が取り易く、事実そのようにやって来た。むしろ漢方薬局が今まで行ってきたことが、真の意味で対面販売ではないか。ネット通販のように不特定多数に医薬品を商品扱いで販売しているのではない。ネット販売と漢方薬局による漢方薬の郵送販売は明確に分けて扱うべきなのである。
当方何の組織にも属していないため、新聞への投書、役所へのメールなど個人で出来る限りの抗議活動、意見表明を始めた。馴染みの患者にも協力していただいた。しかし、役所の反応は冷たい。漢方薬にも副作用はあるから、何ら区別する必要はないと。折しも、何度目かの医療用漢方エキス製剤の保険外しに対する反対活動が、ネットを通じて未だかつて無いくらいの盛り上がりを見せており、あっという間に白紙撤回となった。表に出ずにT社も周到に活動していた。一方、和漢薬問屋さん達にはそこまでは出来ない。焦りと同時に、こうして漢方薬局、煎じ薬が消え去り、将来的に医者漢方が残っていく構図を意識させられた。
今般、最高裁により先の省令は違法で無効である旨判決が下されたことを受け、あらたな販売ルールを検討する会合が厚労省主催で開催されている。今回は初めて漢方薬局の立場の専門家も参加しているようなので、患者にとっても理不尽なことが無いようなルールになることを切に期待している。
余談になるが、2009年4月27日の国会審議における公明党元参議院議員と当時の役人、大臣とのやり取りが、ネットで「改正薬事法(医薬品の通信販売規制)に関する資料」として見られる。
http://generation1986.g.hatena.ne.jp/kiwofusi/20090610/1244664292
これで分かるとおり、結局、親方日の丸も漢方薬局の存在を把握していなかったのである。しかし、十分事情を認識していたはずの薬剤師会という職能団体は、漢方薬局と薬局製剤服用者を見捨てたことは動かしがたい事実だ。客離れを防ぎたいとの目先の思惑による、完全な戦略ミスと言わざるを得ない。

おわりに

煎じ薬中心の漢方薬局の立場から、保険エキス製剤の台頭、隆盛に加えて、伝統的な特技である郵便販売の理不尽な規制により、このままでは存続していくことが厳しいぞという時流を嘆かせていただいた。併せて、医者漢方と中医学の普及もあり、正統な日本漢方が滅び廃れてしまう恐れについて触れてみた。
そんな流れの中で、あまり知られていない漢方薬局薬剤師の役割は何か?
五感と妄想力を駆使し、方証相対で正しく処方を選び、吟味した良い生薬を使って煎じ薬を提供できることに尽きる。ドクターショッピングの果てに辿り着いた患者に心を寄せ、心身の健康を回復する手伝い、希望を与えることを本分として地道に続けていくだけだ。先々代からそのようにやってきた結果、今日こうしてやらせていただいているのだから。

お電話でのお問い合わせ

お気軽にお問い合わせください。

PAGE TOP